東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)35号 判決
原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)によれば、本願発明はセルロースパルプの漂白方法の脱リグニン段階を実施する改良方法に関し、従来、酸素漂白方法は望ましくないパルプの分解を生じ、これから好ましくない粘度低減を来すという不利な点があるとされていたが、本願発明はこれらの不利な点をなくし、パルプの過度の分解及び付随した粘度低減を生じることのないセルロースパルプの脱リグニン化に対して酸素を使用する方法を提供することを目的とするものであることが認められる。
そして、第一引用例及び第二引用例に審決認定のような技術事項の記載があること(但し、第一引用例に関し「白色度」とあるのは、「白色度安定性」の誤りであるので、この点を除く。)、本願発明と第一引用例のものとを対比すると、両者は、第一段の漂白処理をカセイソーダ媒体中で酸素含有ガスを用いて行ない、次いで塩素系漂白を行ない、さらに塩素化されたリグニンを溶解するためアルカリ性条件下で少なくとも一工程の処理を施す点で一致し、第一引用例のものでは、上記塩素系漂白に塩素を用いているのに対し、本願発明では、塩素と共に二酸化塩素を用い、その処理条件を、二〇℃ないし七〇℃の温度において〇・五時間ないし五時間の間、少なくとも二%、好ましくは三%ないし一五%のパルプコンシステンシーと規定している点で相違することは、原告の争わないところである。
1 原告主張の1の点について
原告は、本願発明におけるアルカリ媒体中の酸素含有ガスによる漂白処理に続いて行なわれる塩素と二酸化塩素との混合物による漂白処理に特段の効果があるかどうかは、従来技術である第一引用例のものとの比較において論ずべきであり、そうすることによつて、本願発明の方法は従来方法よりも特段にすぐれた効果を奏するものであることが明らかになる旨主張する。
しかして、成立に争いのない甲第四号証(原告作成の特許異議答弁書)第一〇頁には、漂白パルプの白色度は、系列O2―C―E―D(第一引用例の漂白処理)による場合が九〇・〇であるのに対し、系列O2―C―E―D(本願発明の漂白処理は正確にはO2―C/D―Eで表わされるが、ここでは本願発明の漂白処理とみて差支えない。)による場合は九二・五であることが示され、粘度は、前者による場合が六八cpsであるのに対し、後者による場合は六五cpsであることが示されている。
ところで、第二引用例には、パルプ漂白における塩素処理段階で、塩素と二酸化塩素とを併用したときは、純粋の塩素又は二酸化塩素のときより、より脱リグニンが行なわれ、より低いカツパーナンバーのパルプが得られること、そのとき、パルプの粘度の低下は少ないが、白色度はすぐれているという効果を奏することが記載されている。すなわち、第二引用例には、パルプ漂白における塩素処理段階で塩素化に代えてC/D工程を採用すると粘度を余り下げないで漂白効果があがることが示されているのであつて、系列O2―C―E―D(第一引用例の漂白処理)のC工程に代えて第二引用例のC/D工程を採用すれば、相当程度において、粘度を余り下げないで漂白効果をあげうべきことは、この技術分野における通常の知識を有する者が予測しうるところというべきである。
前記甲第四号証の比較実験は、本願発明の方法によるものは第一引用例のものと比較して、白色度において二・五すぐれているものの粘度においては三cps劣つていることを示しているのであつて、これを総合的に観察するときは、右実験結果も、結局において前記の予測の範囲内にあるものということができ、これをもつて本願発明の方法による漂白処理が第一引用例のものに比べて特段にすぐれた効果を奏するものと即断することはできない。
他に本願発明の方法による漂白処理が第一引用例のものに比べて特段の効果を奏すると認めるに足りる資料はなく、原告の1の主張は採用することができない。
2 原告主張の2の点について
原告は、第一引用例の酸素漂白の直後の塩素処理を第二引用例のC/D工程で置き換えること自体も容易に想到しうるものではないとし、その理由として、第二引用例におけるC/D工程は未漂白パルプに対してリグニンの大部分の除去を行なうものであるのに対し、本願発明におけるC/D工程は、酸素処理で部分漂白した後のパルプに対して、できるだけ粘度を高く保ちながら、さらに脱リグニンを行なうものであつて、パルプに対する影響に関して異質のものである、と主張する。
たしかに、成立に争いのない甲第一一号証によれば、第二引用例においては、実験方法として、未漂白パルプに対してC/D工程を施すものが示されているが、そこに記載された技術事項としては必ずしもこれのみに限定されるものではなく、その記載全体としては、パルプ漂白に関し、「塩素化段階での塩素の幾分かを二酸化塩素で置き換える技術」を開示したものとみることができ、第一引用例の塩素処理と同様パルプ漂白における塩素系処理段階に属する技術であつて、共に脱リグニンを目的とするものであるから、第一引用例における酸素漂白の直後の塩素処理を第二引用例のC/D工程で置き換えるようなことは、この技術分野の通常の知識を有する者が容易に想到しうるところというべきである。
原告は、甲第一五号証によれば、単位カツパ数当りの粘度低下は、第一引用例の場合は本願発明の場合の一二三倍であるとし、酸素処理の直後にC/D工程を用いることにより単位カツパ数当りの粘度低下を無視しうる程度に小さくすることができるような顕著な効果を奏する本願発明は、第一引用例及び第二引用例からは到底予測しうるものではないとも主張する。
しかし、第二引用例には、前記のとおり、パルプ漂白における塩素処理の段階で塩素化に代えてC/D工程を採用すると粘度を余り下げないで漂白効果があがることが開示されているのであるから、酸素処理の直後にC/D工程を用いることにより粘度をほとんど下げないで白色度を高めうるという本願発明の効果は、結局、第二引用例の右記載から予測可能の範囲内のものということができる。
そうであれば、成立に争いのない甲第一五号証の記載によつても、第一引用例の酸素漂白の直後の塩素処理を第二引用例のC/D工程で置き換えることは容易に想到しうるとした前記の判断は左右されず、他にこれを動かすに足りる証拠もない。
したがつて、原告の2の主張も採用することができない。
3 原告主張の3の点について
本願発明のC/D工程の処理条件は、本願発明の要旨に照らすと、二〇℃ないし七〇℃の温度で、〇・五時間ないし五時間の間、少なくとも二%のパルプコンシステンシーで実施するというものである。
ところで、前掲甲第一一号証(第二引用例)には、その処理条件が限定的に示されているわけではないが、一つの具体例として、パルプ漂白におけるC/D工程の処理を、二五℃の温度で一時間の間、三%のパルプ濃度で実施する実験方法が記載されている。
そうであれば、これと本願発明のC/D工程の処理条件との間には、実質的な差異はないというべきであり、本願発明のC/D工程の処理条件に進歩性を認めることはできない。
したがつて、原告の3の主張は、結局において理由がない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
未漂白パルプをまずアルカリ性条件下での酸素含有ガスによる脱リグニン化を受けしめ、次の処理工程において中間的な塩素化をすることなく該パルプを二〇℃ないし七〇℃の温度において、〇・五時間ないし五時間の間少なくとも二%、好ましくは三%ないし一五%のパルプコンシステンシーにおいて塩素と二酸化塩素との混合物で連続的に脱リグニン化し、そしてこの連続的脱リグニン化の後パルプを塩素化されたリグニンを溶解するためのアルカリ性条件下で更に少くとも一工程の処理を受けしめることを特徴とする木材もしくは他のリグノセルロース性材料の化学的砕解もしくは化学的砕解及び機械的パルプ化の組合せによつて得られる漂白されたセルロースパルプの製造方法。
本件審決の理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
これに対し、本願発明の優先権主張日前に頒布された刊行物である「Paper Trade Journal」(一九六八年八月五日発行)第四九頁ないし第五三頁(以下、「第一引用例」という。)には、「カセイソーダ媒体中での酸素含有ガス漂白に続いて、塩素処理、アルカリ処理、二酸化塩素処理の各工程の処理を行なうことにより、通常実施されている漂白処理である塩素処理、アルカリ処理、ハイポ処理、過酸化物処理、二酸化塩素処理の各工程の処理を経るときより白色度及び強度において優れた漂白パルプが得られること」が記載されている。また、同じく「月刊技術文献四一―一三四号」(昭和四一年八月発行)第二頁ないし第一一頁(以下、「第二引用例」という。)には、パルプ漂白における塩素処理段階での二酸化塩素の混合物という表題のもとに、「塩素と二酸化塩素とを併用したとき、純粋の塩素又は二酸化塩素だけのときより、より脱リグニンが行なわれ、より低いカツパーナンバーのパルプが得られること」及び「その時、パルプの粘度の低下は少ないが、白色度は優れるという効果が奏されること」が、具体的な漂白処理条件である温度二五℃、時間一時間、濃度三%の条件下で実施した実験方法と、得られた実験値からなる図表と共に掲載されている。
本願発明と第一引用例に記載されたものとを対比すると、両者は、第一段の漂白処理をカセイソーダ媒体中で酸素含有ガスを用いて行ない、次いで塩素系漂白を行ない、さらに塩素化されたリグニンを溶解するためアルカリ性条件下で少なくとも一工程の処理を施す点で一致し、第一引用例のものでは、上記塩素系漂白に塩素を用いているのに対し、本願発明では、塩素と共に二酸化塩素を用い、その処理条件を、二〇℃ないし七〇℃の温度において〇・五時間ないし五時間の間少なくとも二%、好ましくは三%ないし一五%のパルプコンシステンシーと規定している点で相違している。
ところで、第二引用例には、前記のように塩素と二酸化塩素との併用により塩素のみのときより、より脱リグニン化が行なわれるが、パルプの粘度の低下は少なく、白色度が優れるという漂白処理手段が記載されている。しかも本願発明の明細書の発明の詳細な説明をみても、本願発明においてアルカリ媒体中の酸素含有ガスによる漂白処理に続く塩素と二酸化塩素との混合物による漂白処理に、第二引用例に記載されている効果に比して特段の効果が認められない。そうであれば、第一引用例の塩素処理の代りに塩素と二酸化塩素との併用による処理を用いる程度のことは、当業者が容易に想到しうることといわざるをえない。
また、上記置換における処理条件も、第二引用例に塩素と二酸化塩素との併用による処理を、二五℃の温度で一時間の間、三%のパルプ濃度で行なうことが記載され、さらに、塩素と二酸化塩素との併用による処理のとき、パルプの脱リグニン化が約二〇℃の温度の近辺で最も効率よく起るという当業者に周知のこと(昭和四三年一月二七日紙・パルプ技術協会編集兼発行「パルプ処理および漂白」第二三六頁ないし二三八頁参照)を勘案すると、塩素と二酸化塩素との混合物をパルプの漂白処理に用いるとき必然的に採られる条件設定と解される。
以上のとおり、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。